ウレシクナイというよりは、はっきり言ってウ●イことだけど。
それと、ツカレルこと…だろうか。
まず、ツカレルことから書こう。
私はお喋りな人間ではない。
普通くらいに喋る人間でもないと思う。
どちらかというと、無口な部類に入ると思う。
それでも、自分が興味を持ったことについて質問したり、
とても感動したことなどを人に話したくなるときはある。
そういうときは、どうにかこうにかして伝えようと
一生懸命話すタイプ。
and more...
しかし、基本は“聞き役”である。
そして“聞き役”歴が長いということもあり、
たぶん、割と上手に聞いてあげることができると思う。
人の話を聞くことは、本来は嫌いじゃない。
そのほうが楽だし、「へぇー」って思うことも多いので、
自分にとってそれなりに有益でもあるし、都合がいい。
しかし、昔っからそうだが、
あまりにもお喋りな人間に付き合って
ずーーっと、長時間話を聞かされたり、
話に付き合ったりするのが非常に疲れる。
昨日もそういう状況にあったのだが、
何と言うか、そのお喋り人のパワーに圧倒されるというか、
圧倒されるだけならいいのだが、
私のエネルギー、パワーをそのお喋り人に吸い取られる感じ。
で、その私のパワーでより一層お喋りが続いていくというか…。
とにかく、ある程度、私の“聞き役”レベルの限界を超えると
もう本当に、聞くだけなのにぐったりしてしまう。
しかも、
その話が自分にとって興味深い内容ならまだ耐えられるのだが、
そこまで興味がない話ならサイアクである。
昨日は興味レベル的には70%くらい。
だからまだ何とか頑張れた。
でも、疲れからかなり眠たくなっていて、
恐らく表情にも思いっきし表れていたと思う。
閉店時間も過ぎ、
いつまで続くのだろう。
と心配しながら、それとなく閉店準備をして、
やっと帰れそうな雰囲気になってホッとした。
昨日はそれでなくても疲れていて
閉店後すぐに帰りたい感じだったのだ。
でも、帰りもずっとその“勢い”は衰えず、
こんなにお喋りな子だったっけ…?
とヘンに感心するほど、
本当に喋っていた。
いやぁすごい。本当にすごい。
勘弁してくれ。
たまに遊びに来て欲しい(友人、知人に対しては全員に
そう思う)けど、
あのパワーなら、本当にたまにって感じでヨロシクって感じだ。
* * *
話は変わるが、
何と言うか、感覚が違う人と同じ人っていうのは、
本当にその通りなんだなぁと実感する。
“感覚が同じ人”っていうと、
私の場合、例えば、
手土産に「お菓子系」を持ってきてくれる人。
開店祝いに、花ならば“それらしい”「アレンジ」を
持ってきてくれる人。
はっきり言ってこの2つを持ってきてもらえるほうが
有り難い。
しかし、
昔ながらの感覚、私の好みをそれほど知らない人の場合は、
手土産&開店祝いに昔ながらの一般的な「鉢植え」を
持ってきてくれる。
その気持ちは非常に有り難い。
私のことを気に掛けてくれて、お金を出して、
それを贈ろうと思ってくれるだけでも感謝、感謝である。
しかし、申し訳ないが、
店の雰囲気に合わないものは、扱いに非常に困る。
困るということは、それについて頭を使わなくてはいけない。
その分の時間もエネルギーも必要になる。
=そんな余裕は皆無。
というわけで、やっぱり困るのだ。
1回目にこの状況が生まれたときは、
まだ大きさが小さかったため、
それなりに飾っておいて、
だめになったときに処分させてもらった。
昨日のは中途半端に大きい。
持って帰るのも疲れるくらいの大きさ。
しかし、店には置きづらいテイストの植物。
扱いに非常に困る。。。
マジで正直に、失礼なこというと、
ありがた迷惑
というやつである。
それなら、そのお金の分のお菓子をもらったほうが、
よーーーーっぽど嬉しいし、助かる。
あぁ、気持ちは嬉しいけれど、
どうしたもんか。
って、しばらく飾って家に持って帰りますけどね。
だって置いておくところないねんもん。
でも、ありがとうね。
来てくれて、気に掛けてくれて、お土産やお祝いまでくれて。
本当に嬉しかったです。
明日は、ウ●イジジイの話を書こう。
書かないと自分の中でストレスがたまりそうで、
それ自体がうっとうしいからさ。